(コリン・リー) Born in Torquay (12.06.1956) Managial Career (from Soccerbase.com)
注意:「選手の顔ならまだしも、監督の顔を云々言うのはけしからん」 と思うようなマジメな人は、即座に退出してください。 つーか、このページの親ページはコレですからね。 Profile 選手時代 トーキー出身のフォワード、コリン・リーはトーキー・ユナイテッドから 1977-78シーズン、60Kでスパーズに移籍、その1977-78シーズンに、 11ゴールを挙げるが、1980年1月にはチェルシーに200Kで移籍、 87年までチェルシーでどうやら電柱系フォワードとプレーしたようであるが、 上背を生かし、83-84あたりからはライトバックにコンバートされ、 計7年間のチェルシー生活中、167戦に出場、36 ゴールを挙げ、 ブレントフォードでキャリアを終える。 監督としては、ワトフォードで監督としてのキャリアを90年に始め、 1991年、マーク・マクギー の右腕としてレディングを共に指揮するや、 2部の二位(ちなみに1位はボロ。当時1チームしかプレミアに昇格できず) につけるという快挙を成し遂げる。 リー&マクギーは、名コンビとして知られ、レスター、ウォルヴズと渡り歩き、
名コンビ、リー&マクギー。ちなみにマーク・マクギーは、 2003年10月まで約3年間、ミルウォールの監督をつとめていました。 2003年11月より、マーク・マクギーは、管理人の贔屓クラブ、 ブライトン&ホーヴ・アルビヨンの監督になりました! 98年、マクギーがウォルヴズことウォルヴァーハンプトン・ワンダラーズを去ると、そのままチームを指揮することになる。 財政難で、ロビー・キーンを泣く泣くコヴェントリに売り払ったときの ウォルヴズの監督として知られている。 ところで余談ですけど、Wolvesって日本語表記不可能でございまし。
「ウォゥゥゥルヴズ」と発音するので、「ウルヴズ」でも「ウルヴス」でも「ウォルヴス」でも
「ウォルヴズ」でも好きな表記使ってくださいなー。最後の「z」はすごく小さく発音するので
「ス」でも「ズ」でも構わんです。
「ウォゥゥゥルヴズ」と発音せんと通じんので発音論争はしないでね。
現地人と話すとき一番無難なのは「ウォルヴァーハンプトン」だったりして。
ウォルヴズ監督時代 2000年にウォルヴズを解任された後は、 ニューカッスルのボビー・ロブソンの右腕に立候補したりしながらも、 カンファレンス降格危機にあった故郷のトーキー・ユナイテッドを「奇跡的」に 降格から救った後、ウィーガンのアシスタント・コーチをつとめていた。
いつの写真だ。ウォルヴズ時代っぽいけど自信なし。 02-03シーズン末より、成績不振により解任された、 レイ・グレイドン(サポの支持は強かったので、かなりこの解任は不可解である) の後を受け、ウォルソールの監督の任についている。 03-04シーズンには、ポール・マーソンとの契約にこじつけ、 開幕戦早々、ブラック・カントリーのローカル・ライバルであり、 ウェストブロミッジ・アルビヨンをマーソンのあわやハットトリックで 4-0で勝利するという快挙を成し遂げている。
ウォルソール監督就任後 「監督の仕事はね、まず第一に、サポーターの前で勝って見せること。 でもね、第二の義務はね、 サポーターを楽しませることなんだよ 。 この二つが揃ってはじめて、いいチームと言えるんだ」 「そりゃ、現在この国で最高の監督は、アルセーヌ・ヴェンゲルだね。 ヴェンゲルは、選手を組織の一部のロボットのように見なすのではなく、 その選手の持っている天賦の才能を活かす術を知っている。ハイベリーのナンバー2のパット・ライスは、俺の友達なんだけど、『ヴェンゲルは天才だ』と言ってるし、俺にはその考えに異論はないね。」 同雑誌より 堅い話はこのくらいで。 全国100万人の眼鏡ッ子フェチの皆様へ。 眼鏡ッ子コリン・リー特集
お嬢様がた悩殺No.1写真はやっぱコレです 反応1 「やや美形ですー!私はセルフレームに弱いんですがメタルフレームもイケると思いました」 反応2 「眼鏡スキーですー!」←感想になってませんがな。
初出なのでまだ感想が届いていませんがウォルヴズ時代と思われます
めがねー。 これだけじゃなく、動画もありますぜ。↓ (Real Player必要です) 友人が「顔だけでなく喋りまで男前なんですね」と悶絶したBBCのFAカップインタビュー |