(ミッキー・アダムズ)
Born in Sheffield (08.11.1960) Managial Career (from Soccerbase.com)
注意:「選手の顔ならまだしも、監督の顔を云々言うのはけしからん」 と思うようなマジメな人は、即座に退出してください。 つーか、このページの親ページはコレですからね。 Profile 選手時代 〜キュート大王ミッキー・アダムズ君報われない人生物語〜 シェフィールドに生まれたミッキー・アダムズは、シェフィールド・ユナイテッドのサポなのですが、 何故かシェフィールドでトライアルをことごとくふられて、どんどん南下してくうちに、 ロンドンの南の小さなケントのクラブ、ジリンガムくんだりでストライカーとなりました。 やがてレフト・ウィンガーとしてブレイクするとコヴェントリに移籍します。 この頃のレフトバック、スチュワート・ピアースと共に コヴェントリの左サイドを支えていました。 更にリーズに行くと、当時リーズの監督、ビリー・ブレムナー(嫌)の下で、 レフト・バックにコンバート、攻撃バカレフトバックとしてプレーしてたようです。 なんか、監督の名前聞いたら極道レフトバックてな気がしてきました。 のちにサウサンプトン&ストーク・シティの赤白ダブルでプレーし、 最後はフラム行ってプレーしてるうちにフラムで3部に落ち、 1996年8月に現在のコールマンばりにフラムで選手やりつつ 臨時監督になりました。 でもね、監督になってからが凄いんです、アダムズ君。
選手時代の写真も上サイトの写真です。(やばかったら消します)
最後はフラム行ってプレーしてるうちに、フラムは3部に落ちてしまいます。 降格を受け、1996年8月に現在のクリス・コールマンばりにフラムで選手やりつつ 臨時監督やったとこ、 いきなりフラムを昇格させてもて、 アダムズは、ビンボ・フルアムの英雄になりました。 ミッキー・アダムズは、今でもフラムの英雄といわれてます。ホントです。 アダムズを紹介するときに必ずつく枕詞は、 「フルアムとブライトンの英雄ミッキー・アダムズ」。でも、アダムズ君が フラムの英雄だって知ってる日本人居るんだろーかと思うと死ぬほど鬱になる。 閑話休題。 が。 昇格したシーズン、よせばいいのに 突如アル・ファイドが沸いて出て、 アダムズの首切ってもたのです。 んで、結果残してファンに愛された伝説監督ながら 何故かクビ切られた気の毒もいいトコの アダムズ君は凶暴マスコット・シリル君で有名なあのスウォンジーに2週間ほど身を寄せると、
シリル君 (Cyril the Swan) 当時 ノッティンガム・フォレストの監督だったデイヴ・バセット (元レスター・シティ監督、現レスター・シティのフットボール・ディレクター)がアダムズを アシスタント・コーチとして拾います。 バセット退任後、森の監督に座るかと思ったら、 ロン・アトキンソンが森に来たので、 1999年1月5日〜1月11日というたった6日の森の監督生活を終えて行き着いた先は、 サウスコーストのブライトン・アンド・ホーヴ・アルビヨン。 このクラブ、1995年にはぶっちゃけ破産状態になり、スタジアムを売却、 管理下に入るわ、96-97シーズンに、ノン・リーグに落ちかけて、しばらく あまり近くもないのに、ケント州のジリンガムにスタジアムを借りるハメになり、 ドタドタしてるところで、なんとかウィズディーン(Withdean)の陸上競技場を 借りることで話がついた程度の、ホントにビンボなビンボな ケツから数えたほうが早いダメクラブでした。
シーガルズ時代のアダムズ君 で。 ここで何やらかしたかというと。 ブリストルからボビー・ザモーラ買ってきて、 指揮2シーズン目にして、Div3優勝&昇格。 ザモーラ(現スパーズ)は確か99シーズンの途中から突如使われだして、いい選手だなーと思ってたら、 00-01シーズン、Div3で得点王。 実はこのシーズンのDiv3は、 チェスター・フィールドが独走していたのですが、 土壇場で財政レポがおかしかったかなんかで6ポイントのペナルティを食らい、 最後はホームのウィズディーンで、そのチェスター・フィールドを 粉砕し、B&HAが優勝してしまったワケです。
アダムズの映りよくないですけど後ろに横断幕持ってるザモがカワイイ。 そんな成功を受け、01年、 再びデイヴ・バセットから、当時プレミアシップでピーピー言ってたれスター・シティの バセットの片腕として、アシスタント・コーチとしてのオファーがアダムズに届く。 シーガルズ・サポーターや選手達は落胆するが、アダムズの決意は固かった。 「ブライトンでとても幸せだった。でも、僕自身は、プレミアシップで働いてみたいんだ」 ついでに、 「(昇格させたからもっといいクラブからの)オファーが届くかと思ってたんだけど、 全然それがなかったもんで、今レスターに行くしか、プレミアで働くチャンスはないと思った」 2001年10月10日、アダムズはレスター・シティ、デイヴ・バセットのアシスタント・コーチに就任する。 そして、ブライトンには、レスター・シティを先に解任されていた ピーター・テイラーが後任監督として就任し、ボビー・ザモーラの大爆発のもと、 Division2を連続制覇している。 だが、そのシーズン、レスターはDivision1に降格してしまった。 2002年4月、バセットがディレクターに昇格すると、その後を受け、レスター・シティの正監督となり、 ご存知のとーりレスターは、また破産危機に見舞われるものの、 Division1を、ポーツマスに続く2位につけ、 02-03シーズン、プレミアシップへの自動昇格。 、 ついに念願のプレミアシップの監督として、現在も指揮をとっている。
カワイイ顔のキュート大魔王なので気付きませんが、 破産寸前3クラブを昇格させたって、実は凄い名監督 だと思いませんか。 |