
Come on Poolies!!! On their way to the Championship 2006 The Challenge of Hartlepool United "Monkey Hangers" League One Play-offs 2005
![]() 元画像は世界最強のハートルプールのファンサイト、 Hartlepool United Newsへ飛んでくださいね!! ![]()
昨季は惜しくもプレーオフ準決勝で涙を飲んだ
ノースイーストは
ティーズサイドのハートルプール・ユナイテッド。
スコットランド人
名将ニール・クーパーの下、今季も快進撃を続け、
1試合を残しての突然の辞任を乗り越えて
1ポイント差で迎えたリーグ最終戦
6位プーリーズと7位ボーンマス戦、
しかもアウェーという
大変な試合を
2度リードされながら、2度とも追いつき再びプレーオフ出場を決めました!!
そんなハートルプール・ユナイテッドを応援しましょう!という特設ページであり、
05年のプーリーズのプレーオフの死闘を振り返ります。
2005年5月12日 シェフィールド・ウェンズデイ 1- 0 ブレントフォード *
2005年5月13日 ハートルプール・ユナイテッド 2 - 0 トランメア・ローヴァーズ **
2005年5月16日 ブレントフォード VS シェフィールド・ウェンズデイ *
2005年5月17日 トランメア・ローヴァーズ VS ハートルプール・ユナイテッド **
5人終了。4-4。
つまり、ここから後は、サドンデスのPK合戦に入ります。
トランミア一人目、イアン・シャープスのPKは、プールズGKの
コンスタンポロスが神セーブ!!
そして、プールズからは、頼れるリッチー・ハンフリーズが蹴ります。
成功。
この瞬間、ハートルプール・ユナイテッドは、クラブ史上初の、
3部プレーオフ決勝出場を決めました!
MOTM:ハートルプールのGK、ディミ・コンスタンポロス:5本のナイス・セーブを見せる
ハートルプール、ケアテイカー・マネジャー、マーティン・スコットの談話
しかし、トランメアは本当に良かったよ。結局完敗だったわけで。
でも、今日うちの選手達は本当によく守って、ベストを尽くしたと思う。
エクストラ・タイムに入った時は、こりゃーもうあっちのもんだなーと思ってたし、
再びあっちは強い所を見せたんだ。だがまぁいいさ、とにかく今晩楽しもうぜ、そう思って
エクストラ・タイムを過ごすことにした。
しかし、なんてヤツが居たもんだよ。うちのリッチー・ハンフリーだけどさ。
ふつー、サドン・デスのPK戦に持ち込まれて、自分から進んでペナルティを取るヤツがいるか?
リッチーは、とんでもない度胸で、それをやって、決めてしまったんだよ」
2005年5月29日 プレーオフ決勝
しかし、この交替がまたびしばしと当たる。
その直後、ギャヴィン・ストラカンの左コーナー近辺からのCKにどんぴしゃで頭で合わせ、なんとプールズ、2-1でオウルズに対してリードをとる!!
そしてオウルズの交替組マクリーンがペナルティを決め、これで2-2の同点に。スタロックもきっちり交替を当ててきた。
オウルズ優勢のままなんとか後半を守りきり、2-2のままエクストラ・タイムに突入する。
ハートリプール 2-2 シェフィールド・ウェンズデイ(後半)
エクストラ・タイム、選手達の輪の中で、まるで選手の一人のように顔をつきあわせ、ぽんぽんと背を叩き、
選手達と一緒の目線で支持を行うスコッティ(とフォローで後ろで必死でメモをとるスーパー美形コーチのポール・スティーヴンソン。
スティーヴンソンはいつもスコッティの後ろにまわってメモ取ったりスコッティ興奮したら抑えてていいコンビです)の姿は、
激と指示を投げるタイプのポール・スタロックの姿とは対照的で、印象的だった。あぁこれがあのチームスピリットの源なのかと思ったが、
エクストラ・タイム、11人同士で圧倒していたシェフィールド・ウェンズデイ相手に、10人のプールズは、やはり、圧倒的に敵わなかったのだ。
防戦一方のプールズ。そしてエクストラタイム開始早々の94分、プールズの重鎮マイケル・ネルソンが
オウルズの中央突破を止めようと、一人飛び出しボールをカットした・・・そのボールはスライスして跳ね上がり、
オウルズ側へおあつらえのボレーパス。そして、誰も残っていないペナルティエリアにウィーランに走り込まれ、鋭いグラウンダーをプールズゴールに叩き込まれ、
これで3-2。もう殆どここで試合は決まった。
ハートリプール 2-3 シェフィールド・ウェンズデイ(ET前半)
エクストラタイム後半、相変わらず防戦一方のプールズ、なんとか
中央からFKをとり、ストラカンがFKをとる。きっと最後のチャンス。
長いこと考えた後のギャヴィン・ストラカンのFKは、ウェンズデイの壁にはじかれてしまう。
そしてエクストラタイムもロスタイムに入り、もうウェンズデイだと決まりかけた頃、
3点目と同じようなシーンだったろうか、こぼれたボールを右から走られてタルボットがダメ押しとなる4点目。
これで名門シェフィールド・ウェンズデイは2シーズンぶりに2部に復帰を決めた。来季はサウサンプトンが2部で待っている。
対決はかなり興味深いものになるだろう。
ハートリプール 2-4 シェフィールド・ウェンズデイ(ET後半)
そして、ハートリプールは、クラブ史上5度目の プレーオフ敗退となった。プールズはプレーオフで一度も勝ったことはないのだ。
選手達を慰めるスコッティ。背中を向けているのはゴードン・ストラカンの長男ギャヴィン・ストラカン。 「今日は俺たちのほーに風が吹いてなかったってことだよ。 あの退場がキツかったんだけど、俺は審判に文句言う気はないよ。それがフットボールってもんだ。 選手は怪我してちまうし退場になってしまったけど、いい試合だったよ。勝ってたらサイコーだったが、俺は本当にうちの選手達を誇りに思うね。 フットボールってこんなもんだよ。俺には俺のために働いてくれた選手達の責任とは全く思えないね。 そりゃあ落ち込みもするけどさ、物事は大局的に考えるもんだ。このクラブは成長してる。確かにね。 次に向けての大きなステップだし、今俺たちは確たる自信を手に入れた。もし今の選手達をキープすることが出来て 皆で一緒にプレーすることが出来れば、来季はエラいことになりそうだよ」 サンダーランドから南にほど近い、ティーズサイドの街、ハートルプール(ダーラム県)にあるチームです。 イングランドでの通常の発音では、「ハートルプール」ですが、 ノースイーストでは「ハートリプール」と発音します。 本拠地はヴィクトリア・パーク。収容人数は7,629人。創立は1908年。 愛称はプールズ(Pools)、プーリーズ(Poolies)、モンキー・ハンガーズ(Monkey Hangers)
ユニフォームは、青白の縦縞です。 クラブ史上最高の順位は、2003-04シーズン、つまり昨季の Division Twoの6位と今季のリーグ・ワン(旧Division two)6位なのです! つまり、2年連続で3部プレーオフに出場を決めたということは、 現在が最高の黄金時代ともいえます。 名将、故ブライアン・クラフが監督としてのキャリアをスタートさせたクラブはここでした。 不幸なことに、史上最高の成績をもたらした名将 ニール・クーパーは会長のケン・ホドクロフトとソリがあわず、 すったもんだの末に2004-2005シーズン、再び快進撃を続けながらも、 1試合を残して退団してしまい、現在はアシスタントだった マーティン・スコットがケアテイカーを、ケアテイカー・アシスタントは ユース・コーチのポール・スティーヴンソンがつとめています。 余談ですが、ポール・スティーヴンソンはえらいなハンサムでやがります(死) そして、死闘、感動のプレーオフ後、マーティン・スコットは、正式に新監督に就任しました! 現在(05/06)の正式なアシスタントはスティーヴ・アグニューと、 元サンダーランド・コンビが指揮をとり、元サンダーランド選手の勧誘しまくってます。
(某ページ、ノミネートしてよござんすか?) マスコットは、おそらくイングランド・フットボール界で最も有名なマスコット。 H'Angus。
ハートリプールのサポーターは、とてもフレンドリーです。 ダーリントンのサポが基本的に親ニューカッスルなのと同様に、 ハートリプールのサポーターは、基本的に親サンダーランドです。 「プレーオフ勝てると思う?」 「いいんだよ、3部でこのまんま落ちないで、そこそこやってくれれば!」 プールズのサポーターは、こんな人たちです。 ハートルプールには、魅力的な選手が居ます。 まず、エースのアダム・ボイド(右がボイド。左は主将のリチャード・ハンフリーズ)
1982年5月25日ハートルプール生まれのプールズの産んだ3部最強の ストライカーの一人です。 非常に器用で両ウィングからチャンスを作りだすことも得意で、今季は 4月15日対シェフィールド・ウェンズデイ戦@ヴィクトリア・パークで ファンタスティックなハット・トリックを挙げるなど、 3部で知らない者は居ない超有名なストライカーです。3部最強のファンタジスタ。 当サイトの常連さんのVさんは、「ロベルト・バッジオを彷彿とさせる」と そのテクニックを褒めていました。 右に居るのはDFのヒュー・ロバートソン(Hugh Robertson)です。 闘志のあるいい選手です。 センター・バックのミッキー・ネルソン。
とにかくヘッドが強く、安定感のあるCB。
センターバックのベン・クラーク。
1983年1月24日生まれ(ボイドより年下です・・・)、 マンチェスター・ユナイテッド・ユース出身のガタイのでかい 安定感のあるセンター・バック。サンダーランド・サポーターで サンダーランドで期待された選手だったが、2004-05、ミック・マッカーシーの 構想に入らずにハートルプールに移籍、今はレギュラーで安定感を見せています。 ミッドフィルダーのギャヴィン・ストラカン
1978年生まれ、あの元コヴェントリ監督、 元サウサンプトン監督、ゴードン・ストラカンのご子息で、 元コヴェントリの選手です。 多分左ウィングか中央をプレー。セットピースに安定感を見せます。 ミッドフィルダー、右、左、中央どこでも出来る元アイルランド代表トーマス・バトラー。
何故かこんな所に来てました!すったもんだの末にサンダーランドを退団して スコットランド・リーグに居たはずの トーマス・バトラー、結局サンダーランド人脈でここに来たのでカユいような。 さすがは元代表選手、元プレミア選手、やっぱ足下巧いです。 大一番、リーグ最終戦ボーンマス戦、若手の1983年生まれの ミッドフィルダー、トニー・スウィーニーのゴールを演出したのは バトラーでした(痒)
マーティン・スコットが連れてきた元サンダーランドの選手たち
サンダーランド・ユース出身、サンダーランド出身のマイケル・プロクター 02-03、対リヴァプール戦で決勝ゴールを挙げた若き地元ストライカー(81年生まれ)の 姿を覚えている方も多いでしょう。そして、対チャールトン戦でオウン2点を ストライカーながら自ゴールにたたき込み、フジテレビのスポルトで流れてしまった プロクターを覚えている方も多いでしょう。しかし、そのオウンに対して、 サンダーランド・サポーターは、ブーイングではなく、満場のウェーヴで 「気にするなプロクター」と盛り立ててさえあげた、本当に愛された選手でした。 しかし03-04、新監督ミック・マッカーシーに嫌われたプロクターは ロザラム・ユナイテッドに売却され、04-05、ロザラムの降格を歴て、 ノースイーストへ帰ってきました。ハートリプール出身のストライカー、 アダム・ボイドとノースイースト地元最強2トップを組むのはプロッキーことプロクターです。
1977年ミドルスブラに生まれ、 ヨーク・シティから、1996年から2004年まで実に8年間サンダーランドでプレー、 カーディフにちょっと売り払われるもソッコーでスコットが連れてきた、 「3部には勿体ないほどのディフェンダー」であり、 FWとGK以外はどこでも出来る、究極のユーティリティ・プレーヤー、 そして絶世の性格美人がダレン・ウィリアムズです。彼もまたサンダーランドの人気選手でした。 Come on Pools! さて、なんでここの管理人がハートルプール(愛称プーリーズ、プールズ、 プール、モンキー・ハンガーズ)を応援する理由があるかとゆーと、 ノースイーストには、タインサイド(Tyne-Wear県)にニューカッスル・ユナイテッド、 ウィアサイド(Tyne-Wear県)にサンダーランド、 ティーズサイドにハートルプール・ユナイテッド(Durham県)、 ダーリントン(Durham県)ミドルスブラ(Cleveland県)の5つがあります。 んで、勢力関係はどーなってるかとゆーと、おさらいになりますが、 サンダーランド ←一方的敵対視 ↓ライバル関係、タイン・ウェア・ダービー↑ ミドルスブラ ニューカッスル・ユナイテッド ←一方的敵対視 ↑一方的敵対視 ハートルプール(サンダーランド閥) ↑ライバル関係、ティーズサイド・ダービー↓ ダーリントン(ニューカッスル閥) Tyne-Wear県のチームは赤色表示 Teessideのチームは青色表示 よく「ノースイースト・ダービー」とか言われますが、 ノースイーストにダービーらしい(敵対的)ダービーって、おさらいすると、 タイン・ウェア県のサンダーランド対ニューカッスルのTyne-Wear Derbyと ダーラム県のハートルプール対ダーリントンのTeesside Derbyの 2つだけ と言って差し支えないんじゃないかと思います。 んで、ニューカッスル寄りなのがダルロことダーリントン、 サンダーランド寄りなのがプールズことハートルプール、という勢力図になっていたりします。 |