Derby County (Rams)
(ダービー・カウンティ)

Foundation 創立
1884年、Derbyshire County Cricket Clubというクリケット・クラブを母体として設立。
当時フットボールがブームになって居たために、クリケット・クラブの資金源になることを期待されて
設立されたのがこのダービー・カウンティ・フットボール・クラブである。
トップ・ディヴィジョン制覇2度(1971-72、1974-75)、FAカップ制覇1度(1946)の、ダービーシャーの名門クラブ。
Honours 過去の主要なタイトル等
リーグ戦の主なタイトル
1895-96 Division 1 2位
1911-12 Division 2 優勝、昇格
1914-15 Division 2 優勝、昇格
1925-26 Division 2 2位、昇格
1935-36 Division 1 2位
1955-56 Division 3 North 2位
1956-57 Division 3 North 優勝、昇格
1968-69 Division 2 優勝、昇格
1971-72 Division 1 優勝
1974-75 Division 1 優勝
1986-87 Division 2 優勝、昇格
1995-96 Division 1 2位、プレミアに昇格
*1967-73、つまりダービーの黄金時代を率いていた監督は、
皮肉にも、後に宿敵ノッティンガム・フォレストの黄金時代を築き上げることになる
サー・ブライアン・クラフである。
FA Cup
1946 優勝
1946年 決勝戦 於 ウェンブリー (観客数:98000人)
| ダービー・カウンティ |
4 |
- |
1 |
チャールトン・アスレティック |
| H.Turner (OG), Doherty, Stamps×2
|
|
|
|
H.Turner |
1898, 1899, 1903 準優勝
League Cup
1968 準決勝進出
Texaco Cup
1972 優勝
European Cup
1972-73, 1975-76出場
UEFA Cup
1974-75, 1977-77出場
Anglo-Italian Cup
1993 準優勝
Ground
Pride Park Stadium (プライド・パーク)
Derby, DE24 8XL
収容人数 33,597人
*Baseball Groundから新しく移ったスタジアム。1997年完成。
Nickname(愛称)
Rivals(ライバル)
Nottingham Forest (ノッティンガム・フォレスト)←洒落になりません
Leicester City (レスター・シティ)
Manager(監督)
George Burley (ジョージ・バーリー)
1956年生まれのイプスウィッチの名レフト・バック(1972-85、500試合以上に出場、
ボビー・ロブソン時代1978年FAカップV戦士の一人である)、そして後年最もイプスウィッチで
長期にわたり在任した名監督(1994-2002)として知られるスコットランド人。
選手としてはイプスウィッチの後、サンダーランド、ジリンガム、マザウェル、エイル・ユナイテッド、
ファルカーク等でプレーし、マザウェルで選手兼監督として監督のキャリアをスタートさせ、コルチェスター・ユナイテッドを経て
イプスウィッチの監督に就任。
イプスウィッチ監督時代は5年連続プレーオフで涙を飲みながら、
6度目の正直で99-00シーズン、
またまたプレーオフで4-2というイプスウィッチらしいバカ試合でプレミアシップへの昇格を果たし、
2000年度最優秀監督に選出される。
01-02シーズンにはUEFAカップでインテルを破るという荒技をやってのけるが、ここで体力を使い果たしたのと、
ManUナンバーワンサポーター、マーク・ライリーのお約束のManU贔屓PKにブチ当たるなど不運が重なり、
最終戦は可哀想にリヴァプールに5-0でボコられてしまい
(ちなみに同シーズン最後の降格の席を争っていたのはサンダーランドであり、
この日サンダーランドは同年降格をとうに決めていたダービー相手に余裕のフィリップスのゴールで1-1の同点で終了。
ちなみにこの試合中、リヴァプールの途中経過を聞いていたベンチのポール・サールウェルが
客席に向かって指を3本掲げ、「3−0だから安心して!」というメッセージを送ってたことを
思い出す。ほろほろ。お陰でサンダーランドはこの年は降格を逃れる)同年、不運にもイプスウィッチは降格してしまう。
降格後、イプスウィッチはAdministrationにおかれるなど財政難もあり19位に低迷し、解任される。
しかし、2003年3月31日、もうなんだかよくわからないけど痛々しかったジョン・グレゴリーが
会長と大喧嘩してプライド・パークに出入り禁止だか来なくなったのだかどっちだかという、
とにかくワケのわからない状況を引き取り、ダービーの新監督として就任する。
イプスウィッチと同時に降格したダービーは、スター・プレイヤーを失い、
またグレゴリーの件でワケわかんなくなっててどうなることかと思われたが、
就任最初の試合、ノーリッジ戦、2-1で勝利をおさめ、そのまま、クラブの建て直しに着手、
とりあえず、2003-2004シーズンのDiv2への降格危機を回避した点は評価していいのではないかと思うが、
ダービーにおける彼の評価はこれからだ。
Captain(主将)
Ian Taylor (イアン・テイラー)
2003年6月のアストン・ヴィラより移籍してくると、
引退したウォーレン・バートンの後任として主将の任についたミッドフィルダー。
ミドル・シュートが武器で、11ゴールを挙げている。
Star Player(スター・プレイヤー) Special Thanks to はせがわ様
管理人注:このコーナーの全ての内容は、はせがわ様のご好意によるものです。
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Lee Holmes (リー・ホームズ)
背番号20番、レフト・ウィングです。
マンスフィールド生まれのラムズユース育ち。
いいクロスとズドンと飛んでいくシュート、足元のボールコントロールに優れ(てい
るみたいです)たイングランドU-17代表。
2002年にラムズ最年少出場記録を15歳と267日(2002年12月26日グリムズビー戦)で
更新し、FAカップ(2003年1月6日ブレントフォード戦)の最年少出場記録を持つ選手です。
そして、2003年11月30日のウィンブルドン戦で、ファーストチーム初ゴール。
そのときはまだプロ契約前の16歳でした。ダメ押しとなる3点目の得点で、
右サイドからカンヂード・コスタ(ポルトからシーズン・ローンで借りていた。来季
はスポルティング・ブラガでプレー。)
の上げたクロスは、左サイドを駆け上がってきたホームズくんにドンピシャ。スライ
ディング気味に
押し込んだかっちょいいゴールでした。
2004-2005シーズンは、同じポジションにマルコ・ライヒとモアテン・ビスガードが
いるために、
「ポジション争いは厳しいけど、彼らに学びつつがんばる」と、ご本人はRams World
で語ってました。
ビジュアルもかなりかわいいので、要チェックです。
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Marco Reich (マルコ・ライヒ)
元カイザースラウテルン、元
ヴェルター・ブレーメンの26歳の特攻野郎。
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Tom Huddlestone (トム・ホドルストーン)
やはりダービー・アカデミー出身、ディフェンシブなポジションならどこでもできる
17歳、イングランドU-17。
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Tommy Smith (トミー・スミス)
昨シーズン、ラムズはFWがとにかく点が取れない得点不足に苦しんだシーズンでした
ので、トミー・スミスの加入はうれしいです。
管理人補足:ワトフォードから
サンダーランドに03-04シーズンに移籍してきた選手だが、
「難しい選択だったが」サンダーランドの契約更新を蹴って
「ファースト・チームを確約してくれた」ダービーへ移籍。
器用なストライカーで、ワトフォードでは「プレミア・クオリティ」と非常に
期待されていた選手。たまに左に流れて左ウィングでプレーすることもあるが、
やはりトップの少しひいた所からスペースを見つけてパスやシュートを打つのが巧い。
ミドルも綺麗だ。
やや力任せに裏をとる(何じゃそれ)元シェフィールド・ユナイテッドの
ストライカー、ペスキソリードとのコンビネーションは面白い気がする。
ちなみにこの写真はスタジアム・オブ・ライト前です。
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Japanese Fan Page(ダービー・カウンティの日本語ファン・ページ)
Official(詳しいことはもうこっちに行け)
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